不便さと便利さ

体内時計が変わった。
大抵、毎朝5時半くらいに起きて、
目の前にある海の波音を聞きながら、
本を読んだり、歌ったり、考え事をしたりしてから、
野良仕事にいく。
今の所、野球部か?というほどに、炎天下の中、日々草狩りをしている。

全体的の時間の流れが、一日を作りだしてるようで、
都会で感じていた感覚の時間よりも、一日は長い。
淡路島と都会の時間の感覚が、ちがう。
同じ時間を過ごしているとは思えない。
40分歩くのが、都会で言う所の20分くらいの感覚で、普通の事。
バスは、一時間に一本くらい走っているが、
運賃が高いのとで、車のない私の移動手段は、ほとんど歩きか自転車。

そのおかげ?というか、歩く事で、地元の人たちと出会う事ができる。
挨拶したら、そのまま立ち話になり、地元情報をゲットしたり、
仲良くなって、お好み焼きをごちそうしてもらったり。
おとついは、漁師のおじちゃん達と、船の前で地べたに座りながら、
捕れたての魚をあげてくれた分を酒と一緒に食べる。
車社会は、私達の生活を便利してしてくれたけど、
歩く事で、発見したり出会いがあったりなどで起こっていた文化を、
少し失ってしまったかもしれない。

だけど、便利さの中で生まれ育った者として、
不便さの中で、車があればもっとあれもできるこれもできるとも思い浮かぶ。
不便さは、時間の豊かさを生んでる部分もあり、
便利さは、やりたい事の幅を広げてくれるような部分がある。
不便さと便利さについて考えさせられる。



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漁師さん達が、一仕事を終えて、夕方船の前でみんなで一杯。
道いく人に、手をふったりして、路上宴会は広がっていく。

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私達のために、とっておきの穴子をさばいてくれる。
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プロジェクトに参加している友人と、海を目の前に、
手づかみでスイカを食べました。めっちゃ、原始的。

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by hana-neo | 2011-07-17 08:36 | 淡路島漂流記